フェラーリF40公道爆走事件の全真相
1990年。“320km 激走 Ferrari F40”というタイトルのビデオが発売された。高速道路で最高速アタックをした映像なのだが、そのビデオが証拠となって検挙されたのが、レーシングサービスデイノ代表の切替徹氏。世間的にはその数字と結果だけが大きく取り上げられ、文字通り大炎上したが、その真相はどのようなものだったのだろうか? 改めて、本人に話を伺った。(OPTION誌2018年11月号より抜粋)
ビデオ制作会社から「『320km 激走 Ferrari F40』というセルビデオを作りませんか」という話が舞い込む。「イタリアでお世話になったショップオーナーにビデオを観てもらって、日本での頑張りが伝われば…」と考えた切替氏は、その仕事を快諾する。 走行動画の撮影は、谷田部のテストコース(JARI:日本自動車研究所)で行われることとなった。しかし、バンク走行など未経験の切替氏はアクセルを踏みきれず、メーター読みで280km/h止まり。 このままでは企画が成立しない。「レーシングドライバーを使う」という提案もあったが、人生の宝物であるF40のハンドルは誰にも触らせたくない。 歯車が狂い出す。話はおかしな方向へと進み、最終的に『谷田部の走行シーンに、高速道路で300km/hを出したメーターの映像のみを重ねる』という“禁じ手”で、この局面を乗り越える事で結託。 そして、切替氏は実行したのだ。 撮影が終わると、後の作業は制作会社に一任。完成動画のチェックをお願いされたものの、当時、多忙を極めていたこともあって確認はしなかった。これが、検挙の証拠となったあの有名なビデオである。続きは→「伝説の公道320km/hビデオはなぜ生まれた!?」フェラーリF40公道爆走事件の全真相
F40 Spitting flames - DRIVE N SLIDE
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